小さな飛行機つくり still making
2008年3月10日
まぁ小型飛行機作ってるわけで。
で、手伝ってるわけで。
ほんと、s_raptorの立ち位置は微妙で。
どんどん入っていいわけでもなく。つまり、やる気もそこまであがらず。危機感無いから。
う〜んん。
なのに帰りが終電だったり。
馬鹿にされるのが怖いのかな。
::::::
そして写真はマチュピチュ。
段々畑の下から上を見る。
このように非常に勾配がキツイのです。
だから住居跡とかにいると眺めがいいのだけど。
で、手伝ってるわけで。
ほんと、s_raptorの立ち位置は微妙で。
どんどん入っていいわけでもなく。つまり、やる気もそこまであがらず。危機感無いから。
う〜んん。
なのに帰りが終電だったり。
馬鹿にされるのが怖いのかな。
::::::
そして写真はマチュピチュ。
段々畑の下から上を見る。
このように非常に勾配がキツイのです。
だから住居跡とかにいると眺めがいいのだけど。
この日は、
朝に家の用事。
昼過ぎまでかかって。まぁいいや家にいようということになり。
グダグダ過ごして。
夕方からトレーニングセンタ。
だめだぁ。
修論と旅行で完全になまっている。
エアロバイクがしんどい。
2時間体をいじめた。お風呂入ってふはぁ。
:::::
これからペルーの写真をアップしよ。
とりあえずマチュピチュ。
マチュピチュから少し離れたとこにある「月の神殿」
インカでは「太陽の神殿」と「月の神殿」はセットになっていて
大抵「月の神殿」は少し離れている。で、名前通り静かな感じ。
草に埋もれた感じが遺跡を感じた。
朝に家の用事。
昼過ぎまでかかって。まぁいいや家にいようということになり。
グダグダ過ごして。
夕方からトレーニングセンタ。
だめだぁ。
修論と旅行で完全になまっている。
エアロバイクがしんどい。
2時間体をいじめた。お風呂入ってふはぁ。
:::::
これからペルーの写真をアップしよ。
とりあえずマチュピチュ。
マチュピチュから少し離れたとこにある「月の神殿」
インカでは「太陽の神殿」と「月の神殿」はセットになっていて
大抵「月の神殿」は少し離れている。で、名前通り静かな感じ。
草に埋もれた感じが遺跡を感じた。
なぜか泊まり i use the present
2008年3月8日なんでか研究室に泊まった。。
MTBで張り切ってきたものの、帰るのが12時を回ってしまい。
寒いし疲れたなと思ったらソファで寝てた。
いや〜よく寝た。
あと何回寝れるんだろ〜と。
MTBで張り切ってきたものの、帰るのが12時を回ってしまい。
寒いし疲れたなと思ったらソファで寝てた。
いや〜よく寝た。
あと何回寝れるんだろ〜と。
こんなとこで宣伝 MRJ promote
2008年3月7日コメント (1)
MRJにTヨタが絡むらしいですね。
え〜( ゜д゜)
将来、旅客機製造に進出したいのか。
そりゃクルマの未来は微妙だが、航空機の未来はもっと微妙だぞ。
とにかく燃費が悪いしCO2吐きまくる。
で、なぜか学校の掲示板に貼ってあった。
こんなとこで宣伝か!!
え〜( ゜д゜)
将来、旅客機製造に進出したいのか。
そりゃクルマの未来は微妙だが、航空機の未来はもっと微妙だぞ。
とにかく燃費が悪いしCO2吐きまくる。
で、なぜか学校の掲示板に貼ってあった。
こんなとこで宣伝か!!
帰国 return to JPN
2008年3月3日コメント (3)ペルー最後の夜 goodbye
2008年3月1日
朝起きて、クスコの空港へ。
かなり小さく外からは少し不安。けど、空港自体は綺麗で新しい。
乗客以外は入れないのだろうか、外国人と裕福そうな人しかいない。
LAN PERU航空の便でリマに。
リマは暑かった。。。そして排気ガス。
うへぇ。
クスコやアグエスカリエンテス、アレキパ、プーノが懐かしい。
教会を見たり。
夕飯はジャンクを。
日系人のおじいさんがウェイター的なことをしてた。
日本語が話せるらしい。
けど、、ま、境遇とは切ないものだ。
アトランタ行きデルタ航空の便は深夜に出る。
それまで空港で。
そとは暑い空気。
なお、空港で慌てた。
まず、空港税。
30ドル払えと。。
持ってない!!急遽、メンバーの一人がお金をATMから降ろして貸してくれて乗り切る。
てか、高いなぁ。
そしてペルー入国の際に書いた書類を紛失。
もう一回書け、と言われる。少しテンぱる。しょ、書類どこ〜??
すろと外国人の人が「あっちだよ」と。ありがと。
税関でも。「もってない??なくした?じゃあ、あっち行って、税金払って手続きしろ」
と言われる。
なんで税金払うのか分からないが、とにかく払う。
なんとか乗り切って安心。
そうして飛行機の中で寝るのであった。。
機内食はしっかり食べて。
「「「「「「「
写真は夜のリマ、plaza de armaz。
夜になってもベンチで話してる人々。暑いから涼んでいた。
かなり小さく外からは少し不安。けど、空港自体は綺麗で新しい。
乗客以外は入れないのだろうか、外国人と裕福そうな人しかいない。
LAN PERU航空の便でリマに。
リマは暑かった。。。そして排気ガス。
うへぇ。
クスコやアグエスカリエンテス、アレキパ、プーノが懐かしい。
教会を見たり。
夕飯はジャンクを。
日系人のおじいさんがウェイター的なことをしてた。
日本語が話せるらしい。
けど、、ま、境遇とは切ないものだ。
アトランタ行きデルタ航空の便は深夜に出る。
それまで空港で。
そとは暑い空気。
なお、空港で慌てた。
まず、空港税。
30ドル払えと。。
持ってない!!急遽、メンバーの一人がお金をATMから降ろして貸してくれて乗り切る。
てか、高いなぁ。
そしてペルー入国の際に書いた書類を紛失。
もう一回書け、と言われる。少しテンぱる。しょ、書類どこ〜??
すろと外国人の人が「あっちだよ」と。ありがと。
税関でも。「もってない??なくした?じゃあ、あっち行って、税金払って手続きしろ」
と言われる。
なんで税金払うのか分からないが、とにかく払う。
なんとか乗り切って安心。
そうして飛行機の中で寝るのであった。。
機内食はしっかり食べて。
「「「「「「「
写真は夜のリマ、plaza de armaz。
夜になってもベンチで話してる人々。暑いから涼んでいた。
霧から現れた遺跡 supernal city
2008年2月29日
朝4時半起床。
マチュピチュ行きバスを待つ。日本人バックパッカー多数発見。
暗がりのなか再び登る。
マチュピチュは霧に包まれてた。ん、動物が居る。
アルパカだ(リャマかも。。)
こいつら逃げない。人間を無視か!
霧の街を歩き、ワイナピチュの入り口へ。
ワイナピチュはマチュピチュの奥にある尖がった山のこと。
ここにも遺跡がある。
7時になったら門があく。
ワイナピチュは一日400人と決まっている。
名前とパスポート番号を記入する。危険で毎年転落する人がいるかららしい。ちゃんと戻ってきたか確認のため。
そしてワイナピチュを目指して登る。
ありえない勾配の階段。
インカ人の狂ってるのはよく分かった。
ぜぇぜぇ言いながら(もともと高度もあるし)
頂上付近。途中、トンネル(めちゃくちゃ狭い!)を通ったり。
こんな頂上、面積の小さいきりったった場所に遺跡だ。
信じられないと思う。
実際、びびる。どうやって作った???
遺跡のヘリに座る。ほんと、落ちてしまいそうな感覚。
ここの眺めは。。。
言葉にできない。
眼下を霧が流れ、この遺跡自体が空を飛んでるような錯覚を起こす。
切り立っているため高さを感じる。下に広がる川や周りの山。
やがて遥か下に見える。マチュピチュの白い影。
雲の合間。
天空都市。
って言葉、これほど感じたことはない。
しばらく眺めてた。
絶景、なんだと思う。
遺跡で白人のおっさんに写真撮ってもらったり(やさしそうな人だった)
ここで4人は2人と2人に別れ、s_raptorは月の神殿に向かう。
これまた梯子を降りたりとかなりアドベンチャー。
息も絶え絶えに月の神殿(てか洞窟)
そしてマチュピチュに戻ろうと。。。
死にそうなほどつらい山登り。荷物を背負ってたのもあるけど。
それでも随時広がる眺めはヤバイ。
崖に階段作ってしまうインカ人もヤバイ。
ヘロヘロでアグエス・カリエンテス。
夕方の列車でクスコに戻り、この日はクスコで寝た。
小さいころ、図鑑とかで見た。マチュピチュ。
やっと本物を見れた。
よかったと思う。
マチュピチュ行きバスを待つ。日本人バックパッカー多数発見。
暗がりのなか再び登る。
マチュピチュは霧に包まれてた。ん、動物が居る。
アルパカだ(リャマかも。。)
こいつら逃げない。人間を無視か!
霧の街を歩き、ワイナピチュの入り口へ。
ワイナピチュはマチュピチュの奥にある尖がった山のこと。
ここにも遺跡がある。
7時になったら門があく。
ワイナピチュは一日400人と決まっている。
名前とパスポート番号を記入する。危険で毎年転落する人がいるかららしい。ちゃんと戻ってきたか確認のため。
そしてワイナピチュを目指して登る。
ありえない勾配の階段。
インカ人の狂ってるのはよく分かった。
ぜぇぜぇ言いながら(もともと高度もあるし)
頂上付近。途中、トンネル(めちゃくちゃ狭い!)を通ったり。
こんな頂上、面積の小さいきりったった場所に遺跡だ。
信じられないと思う。
実際、びびる。どうやって作った???
遺跡のヘリに座る。ほんと、落ちてしまいそうな感覚。
ここの眺めは。。。
言葉にできない。
眼下を霧が流れ、この遺跡自体が空を飛んでるような錯覚を起こす。
切り立っているため高さを感じる。下に広がる川や周りの山。
やがて遥か下に見える。マチュピチュの白い影。
雲の合間。
天空都市。
って言葉、これほど感じたことはない。
しばらく眺めてた。
絶景、なんだと思う。
遺跡で白人のおっさんに写真撮ってもらったり(やさしそうな人だった)
ここで4人は2人と2人に別れ、s_raptorは月の神殿に向かう。
これまた梯子を降りたりとかなりアドベンチャー。
息も絶え絶えに月の神殿(てか洞窟)
そしてマチュピチュに戻ろうと。。。
死にそうなほどつらい山登り。荷物を背負ってたのもあるけど。
それでも随時広がる眺めはヤバイ。
崖に階段作ってしまうインカ人もヤバイ。
ヘロヘロでアグエス・カリエンテス。
夕方の列車でクスコに戻り、この日はクスコで寝た。
小さいころ、図鑑とかで見た。マチュピチュ。
やっと本物を見れた。
よかったと思う。
天空の都市 失われた文明 MachuPicchu
2008年2月28日
朝早くにクスコの駅に行く。タクシー代が安い!
大きな荷物はクスコの宿に預けた。よかったなぁ。
駅に着く。大きい。電車はでかい。当然、観光客、てかバックパッカーだらけ。
まぁ乗った車両がバックパッカークラスだし。
ゴトンゴトンンと揺られて4時間。
クスコは盆地なので電車は盆地のへりを前進後退を繰り返し
ジグザクに登る感じ。
隣は川なのだけど、この時期は雨季なので水量が!!
濁流なんすけど。。
って感じ。
道端には牛が草を食んでる。
あと、ペルーは以上に犬が多い。
のどかな田園(?)風景を眺めつつ。
だんだん、山の形がおもしろくなる。異様に尖がってるのだ。
そしてアグエス・カリエンテスへ。
宿に行き、荷物を少し減らして。
まずはバスのチケット、マチュピチュ入場券を購入。
(クスコの宿のおっさんは一日分のバスと入場券しか手配してくれなかったから。受け取ったチケットは次の日に使うことにした)
バスに乗って向かう。当然、舗装なんかされてない坂道を13回。
マチュピチュは麓からはまったく見えない。
それが空中都市と言われる所以でもある。
とにかく信じられないほど高い、てか切り立った峰にある。
40分くらいで入り口に到着。ここにはホテルが一軒あるのだが、確か一泊150$くらいする。
入り口を抜けるとまずは石の回廊と建物。
そこを抜けると。。
都市があった。
段々畑を備え、
緑と灰色で彩られた、天空都市。
切り立った場所にあるため階段や壁のすぐ向こうは崖。
その先に広がるパノラマが。
こんなとこに都市を作るインカ人は・・・
と思う。
どれだけ膨大な労力を必要としたのか。
この場所に石を運ぶ、組み立てる。その前にこの峰を整地し都市建設の土台を作る必要があるはず。
それだけこの地が重要な意味を持っていた??
とにかくこの街からの眺めは最高だ。
とか考えながら入り組んだ街を歩く。
神殿と思われる場所の石は造りが住居とはレベルが違う。
また水路があちこちに入り組んでいる。
隅々まで古代都市を堪能した。
明日はマチュピチュすぐ隣の山に登る。
朝一で。
晩飯はアグエス・カリエンテスで。片言の日本語使う店の人が多い。そんだけ日本人が来てるのかな。
そんな古代都市を見た日。
大きな荷物はクスコの宿に預けた。よかったなぁ。
駅に着く。大きい。電車はでかい。当然、観光客、てかバックパッカーだらけ。
まぁ乗った車両がバックパッカークラスだし。
ゴトンゴトンンと揺られて4時間。
クスコは盆地なので電車は盆地のへりを前進後退を繰り返し
ジグザクに登る感じ。
隣は川なのだけど、この時期は雨季なので水量が!!
濁流なんすけど。。
って感じ。
道端には牛が草を食んでる。
あと、ペルーは以上に犬が多い。
のどかな田園(?)風景を眺めつつ。
だんだん、山の形がおもしろくなる。異様に尖がってるのだ。
そしてアグエス・カリエンテスへ。
宿に行き、荷物を少し減らして。
まずはバスのチケット、マチュピチュ入場券を購入。
(クスコの宿のおっさんは一日分のバスと入場券しか手配してくれなかったから。受け取ったチケットは次の日に使うことにした)
バスに乗って向かう。当然、舗装なんかされてない坂道を13回。
マチュピチュは麓からはまったく見えない。
それが空中都市と言われる所以でもある。
とにかく信じられないほど高い、てか切り立った峰にある。
40分くらいで入り口に到着。ここにはホテルが一軒あるのだが、確か一泊150$くらいする。
入り口を抜けるとまずは石の回廊と建物。
そこを抜けると。。
都市があった。
段々畑を備え、
緑と灰色で彩られた、天空都市。
切り立った場所にあるため階段や壁のすぐ向こうは崖。
その先に広がるパノラマが。
こんなとこに都市を作るインカ人は・・・
と思う。
どれだけ膨大な労力を必要としたのか。
この場所に石を運ぶ、組み立てる。その前にこの峰を整地し都市建設の土台を作る必要があるはず。
それだけこの地が重要な意味を持っていた??
とにかくこの街からの眺めは最高だ。
とか考えながら入り組んだ街を歩く。
神殿と思われる場所の石は造りが住居とはレベルが違う。
また水路があちこちに入り組んでいる。
隅々まで古代都市を堪能した。
明日はマチュピチュすぐ隣の山に登る。
朝一で。
晩飯はアグエス・カリエンテスで。片言の日本語使う店の人が多い。そんだけ日本人が来てるのかな。
そんな古代都市を見た日。
クスコ cusco
2008年2月27日
プーノの街を長距離バスで再び出発。
向かうのはかつてのインカの首都、クスコ。
ここも高度は富士山並み。
まぁおとなしくしてました。
次の日がこの旅の主要目的、マチュピチュだから。
夕ご飯はレストラン探して独りで食べた。
うぅ。
悲しいなぁ。
とりあえず宿の主人がおもしろい。
アグエス・カリエンテス(マチュピチュ村)での宿のことをしゃべったら
「それ高すぎるぞ。もっといい宿がある」
と最初はほんとか、うさんくせぇと思いつつも話に乗ってみた。
マチュピチュに入るためのチケット(マチュピチュに行くにはまず麓の街からバス、そして入場料が。結構お値段します。)やクスコ⇔アグエス・カリエンテス間の電車のチケットを手配してくれたり。
夕方、独りでダイニングで待ってたらいろいろ話してくれたし。
「これ、昨日日本人の女の子からもらったんだ〜」
と嬉しそうに小さなこけしのストラップを見せてくれた。
おっさん、見かけによらずかわいいな、と思った。
久しぶりにぐっすり寝れた〜
向かうのはかつてのインカの首都、クスコ。
ここも高度は富士山並み。
まぁおとなしくしてました。
次の日がこの旅の主要目的、マチュピチュだから。
夕ご飯はレストラン探して独りで食べた。
うぅ。
悲しいなぁ。
とりあえず宿の主人がおもしろい。
アグエス・カリエンテス(マチュピチュ村)での宿のことをしゃべったら
「それ高すぎるぞ。もっといい宿がある」
と最初はほんとか、うさんくせぇと思いつつも話に乗ってみた。
マチュピチュに入るためのチケット(マチュピチュに行くにはまず麓の街からバス、そして入場料が。結構お値段します。)やクスコ⇔アグエス・カリエンテス間の電車のチケットを手配してくれたり。
夕方、独りでダイニングで待ってたらいろいろ話してくれたし。
「これ、昨日日本人の女の子からもらったんだ〜」
と嬉しそうに小さなこけしのストラップを見せてくれた。
おっさん、見かけによらずかわいいな、と思った。
久しぶりにぐっすり寝れた〜
静かな湖の上へ titicaca
2008年2月26日
午前中はへばる。頭が痛い。。気持ち悪い。。
しかし、せっかくプーノまで来たのだ。
ティティカカ湖に行き浮島に行かねば死んでも死に切れない。
と、フラフラになりつつも宿の人に話し(英語が通じて良かったあ)1時間のツアーがあると教えられて。
バスに揺られ、船に揺られ。
日本人にあった。
風邪引いたみたいで、、といったら薬をくれた。
ありがと〜
浮島に上陸。これが浮いてるとはね〜
てか、電気通っているんだけど。。
雨でどんよりした空気。
お、少年がサッカーしてる。
ちょっと遊んだ。
もちろん、これによりさらに体調が悪く。。。
ついでにプーノの街で洗濯を頼んで(コインランドリーみたいな)
夕ご飯。日本から持ってきたおかゆをキッチンを借りて作る。
食べた。
が、即効すべて吐いた。もはや水だけで生きている。
粉のポカリスエット持ってきたので作って飲んでた。
しかし、せっかくプーノまで来たのだ。
ティティカカ湖に行き浮島に行かねば死んでも死に切れない。
と、フラフラになりつつも宿の人に話し(英語が通じて良かったあ)1時間のツアーがあると教えられて。
バスに揺られ、船に揺られ。
日本人にあった。
風邪引いたみたいで、、といったら薬をくれた。
ありがと〜
浮島に上陸。これが浮いてるとはね〜
てか、電気通っているんだけど。。
雨でどんよりした空気。
お、少年がサッカーしてる。
ちょっと遊んだ。
もちろん、これによりさらに体調が悪く。。。
ついでにプーノの街で洗濯を頼んで(コインランドリーみたいな)
夕ご飯。日本から持ってきたおかゆをキッチンを借りて作る。
食べた。
が、即効すべて吐いた。もはや水だけで生きている。
粉のポカリスエット持ってきたので作って飲んでた。
湖の町へ puno
2008年2月25日石造りの街の gray road
2008年2月24日
アレキパの街。少し立派なバスターミナル。
この街は静かだった。リマに比べれば。
高地なので肌寒い。(Tシャツはムリ)
でも空気がキレイ。お土産やさんで買ったり教会のぞいたり。
plaza de armasは石造りの建物に囲まれいい感じ。
レストランで食べる。。
が、
スープを飲んで激しい吐き気。
頭痛。フラフラ。。。
ということで独り離れて宿に戻る。この辺、記憶がおかしい。
とにかくフラフラだけども宿の優しいおばさんに聞いて(かろうじて英語が通じる)何を食べるべきか尋ねついでに薬局に行く。
「そういうときはね、チキンスープが一番よ」
と。教えられたレストランへ。
相変わらず英語は通じない。
体調は最悪。
ホテルの部屋はきれいで大きく。
ところが夜にまったく寝れなかった。。。
この街は静かだった。リマに比べれば。
高地なので肌寒い。(Tシャツはムリ)
でも空気がキレイ。お土産やさんで買ったり教会のぞいたり。
plaza de armasは石造りの建物に囲まれいい感じ。
レストランで食べる。。
が、
スープを飲んで激しい吐き気。
頭痛。フラフラ。。。
ということで独り離れて宿に戻る。この辺、記憶がおかしい。
とにかくフラフラだけども宿の優しいおばさんに聞いて(かろうじて英語が通じる)何を食べるべきか尋ねついでに薬局に行く。
「そういうときはね、チキンスープが一番よ」
と。教えられたレストランへ。
相変わらず英語は通じない。
体調は最悪。
ホテルの部屋はきれいで大きく。
ところが夜にまったく寝れなかった。。。
砂漠の中で
2008年2月23日
朝早くに起きてバスターミナルへ。
長距離バスでナスカに行くのだ。
このバスの朝食が、、マズイ。。
パラカスを過ぎて、窓の外は砂漠が広がり始める。
ひたすら行く。パンアメリカン・ハイウェイ。アスファルト舗装されてる。
バスの外にはとても家とは見えないけども、やはり家なのだろうと思われる建物。
貧富の差を感じた。都市部とこのような産業もない郊外。
それをバスの中からガラス越しに眺める状況。
砂漠の中を走って、ド田舎の町ナスカ。バスの添乗員の進めるプランに参加して、ある宿の人にお世話になる。
ちいさな空港で、セスナに乗って地上絵観測。
地上絵は大きい。200mもある絵もある。
(写真はハチドリの絵。少し分かりにくい)
とはいえ、確実に消えつつある。
現在は地上絵のある地域は進入禁止なのだけど。それでもクルマの後とかで消えている。
なお、地上絵は別の場所にもあって最近はそちらの飛行も許可されたらしい。
30分くらいのフライト。ただ、、吐きそうになった。
フライトのあとはツアリスト(自称)の人の車にのって、「インカの墓」に。
砂漠の中だった。ミイラが何体も。
砂漠の中。
独り立ってみた。風が吹いてた。
こんなとこだからミイラを置いたのだろう。荒涼という言葉しか当てはまらない場所。
宿の主人のとこに戻り一人また休む。何とか意思疎通をしておかゆを作って食べた。
この日は宿ではなく長距離バスの中で休む予定。
バスは夜11時にナスカの停留所に、来た。。
ここでダブルブッキング発覚。
しょうがなく次のバスにする。
次のバスが来た。心配になって隣のごっついバックパッカーに聞いてみる。(もちろん英語で
「あの〜アレキパに行きますか??」
「おう。そうだぞfriend.我らは仲間だな」
とごっつい手で握手してくる。ちょっとうれしい。
こうして砂漠の田舎街を脱出したのであった。
長距離バスでナスカに行くのだ。
このバスの朝食が、、マズイ。。
パラカスを過ぎて、窓の外は砂漠が広がり始める。
ひたすら行く。パンアメリカン・ハイウェイ。アスファルト舗装されてる。
バスの外にはとても家とは見えないけども、やはり家なのだろうと思われる建物。
貧富の差を感じた。都市部とこのような産業もない郊外。
それをバスの中からガラス越しに眺める状況。
砂漠の中を走って、ド田舎の町ナスカ。バスの添乗員の進めるプランに参加して、ある宿の人にお世話になる。
ちいさな空港で、セスナに乗って地上絵観測。
地上絵は大きい。200mもある絵もある。
(写真はハチドリの絵。少し分かりにくい)
とはいえ、確実に消えつつある。
現在は地上絵のある地域は進入禁止なのだけど。それでもクルマの後とかで消えている。
なお、地上絵は別の場所にもあって最近はそちらの飛行も許可されたらしい。
30分くらいのフライト。ただ、、吐きそうになった。
フライトのあとはツアリスト(自称)の人の車にのって、「インカの墓」に。
砂漠の中だった。ミイラが何体も。
砂漠の中。
独り立ってみた。風が吹いてた。
こんなとこだからミイラを置いたのだろう。荒涼という言葉しか当てはまらない場所。
宿の主人のとこに戻り一人また休む。何とか意思疎通をしておかゆを作って食べた。
この日は宿ではなく長距離バスの中で休む予定。
バスは夜11時にナスカの停留所に、来た。。
ここでダブルブッキング発覚。
しょうがなく次のバスにする。
次のバスが来た。心配になって隣のごっついバックパッカーに聞いてみる。(もちろん英語で
「あの〜アレキパに行きますか??」
「おう。そうだぞfriend.我らは仲間だな」
とごっつい手で握手してくる。ちょっとうれしい。
こうして砂漠の田舎街を脱出したのであった。
そこは南米の空気 Lima city dirty air
2008年2月22日
0時を少し回ったところでペルー・リマの国際空港。
着いたのは真夏。熱い空気。
そして、空港のarivalを出ると、、たくさんの人。客引き。
宿の人が掲げているプラカードを見つけほっとする。
深夜のリマを走って宿へ。
とにかく、空気が違った。
暖かい風。
排気ガス。
音楽。
悪い路面。
南米に来たなと実感した。
宿は日本人がやっているとこだ。同じ旅行者が何人かいて情報交換。
色々話してたら深夜2時。宿の人が外に連れて行ってくれて、屋台っぽいとこでジャンクを買う。
そうこうして寝たのは3時過ぎ。
9時頃起きて、市場に行く。
狭いとこにたくさんの人。たくさんのモノ。色とりどりの野菜。売っている量が半端ない。
トロピカルジュースを飲んだり。
あ、両替をした。路上でも両替してる。
けっこうビビッて外を歩いた。
タクシーつかまえて(まぁタクシーたって個人でやってる感じ。そう、日本車が多い。ただガソリンではなく天然ガス
で走っている感じ。そして交通ルールがあるようでない。信号なんてないし。
それでも事故らずに巧くすりぬけていく。ガタガタ路を越えていく。
空気はほんと汚い。暑いし若干フラフラ。。)
リマ市内を歩く。マリスコス(海鮮)の料理をレストランで食べる。
ここでペットボトルの水を買う。ペルーではそこら中で見かける。
なお650mlで1ソル(店によっては1.5ソルだったり。手数料か!!)
1ソルは30〜40円。
ちなみにほとんど英語が通じない。タクシーだってスペイン語。
片言のスペイン語を駆使しないとダメ。何か運転手がわめいているけど
分からない。
レストランも英語が通じるのはほんの少し。
博物館とか回る。
ここでs_raptorは頭痛を発生させる。
これがこの旅の、最悪の始まりであった。。
他の3人が市場に繰り出したとき宿で猫と戯れていたのであった。
そだ、リマ市内の博物館、「天野博物館」
(ここは日本人が運営している博物館で予約が必要)
でさまざまなインカの出土品を見た。
そしてそのなかにオーパーツが!!
あまりに小さくて現代の加工技術でも開けることができないビーズの穴。
でたぁ。
てか、実際に作れたわけだから「できない」と決め付けるのはどうかと思うのであった。
着いたのは真夏。熱い空気。
そして、空港のarivalを出ると、、たくさんの人。客引き。
宿の人が掲げているプラカードを見つけほっとする。
深夜のリマを走って宿へ。
とにかく、空気が違った。
暖かい風。
排気ガス。
音楽。
悪い路面。
南米に来たなと実感した。
宿は日本人がやっているとこだ。同じ旅行者が何人かいて情報交換。
色々話してたら深夜2時。宿の人が外に連れて行ってくれて、屋台っぽいとこでジャンクを買う。
そうこうして寝たのは3時過ぎ。
9時頃起きて、市場に行く。
狭いとこにたくさんの人。たくさんのモノ。色とりどりの野菜。売っている量が半端ない。
トロピカルジュースを飲んだり。
あ、両替をした。路上でも両替してる。
けっこうビビッて外を歩いた。
タクシーつかまえて(まぁタクシーたって個人でやってる感じ。そう、日本車が多い。ただガソリンではなく天然ガス
で走っている感じ。そして交通ルールがあるようでない。信号なんてないし。
それでも事故らずに巧くすりぬけていく。ガタガタ路を越えていく。
空気はほんと汚い。暑いし若干フラフラ。。)
リマ市内を歩く。マリスコス(海鮮)の料理をレストランで食べる。
ここでペットボトルの水を買う。ペルーではそこら中で見かける。
なお650mlで1ソル(店によっては1.5ソルだったり。手数料か!!)
1ソルは30〜40円。
ちなみにほとんど英語が通じない。タクシーだってスペイン語。
片言のスペイン語を駆使しないとダメ。何か運転手がわめいているけど
分からない。
レストランも英語が通じるのはほんの少し。
博物館とか回る。
ここでs_raptorは頭痛を発生させる。
これがこの旅の、最悪の始まりであった。。
他の3人が市場に繰り出したとき宿で猫と戯れていたのであった。
そだ、リマ市内の博物館、「天野博物館」
(ここは日本人が運営している博物館で予約が必要)
でさまざまなインカの出土品を見た。
そしてそのなかにオーパーツが!!
あまりに小さくて現代の加工技術でも開けることができないビーズの穴。
でたぁ。
てか、実際に作れたわけだから「できない」と決め付けるのはどうかと思うのであった。
出発 departure
2008年2月21日
朝、セントレア。
ノースウエストの便でデトロイトを目指す。
狭いし大変だった。。。12時間くらい。
そしてうるさいし。キャビンの騒音低減が必須ですな。
日付変更線をまたぎ着いたのはデトロイト・メトロポリタン空港。
大きい!てかここNWの牙城?NWしかない。
とにかく左右に大きく空港内を電車が走ってる。
びっくりだ。
ここでマックで少し腹ごしらえして、こんどは小さな飛行機でアトランタ行く。
あ、イミグレを何とか通過してね。
アトランタ国際空港。こちらも大きい。やっぱり空港内を電車が走ってた。
トランジットが45分くらいしかないきつめのスケジュール。
発券に少し手間取る。持っていたチケットもどきがやっぱチケットじゃなくて。
デルタ航空の便になっていざリマへ。。
ノースウエストの便でデトロイトを目指す。
狭いし大変だった。。。12時間くらい。
そしてうるさいし。キャビンの騒音低減が必須ですな。
日付変更線をまたぎ着いたのはデトロイト・メトロポリタン空港。
大きい!てかここNWの牙城?NWしかない。
とにかく左右に大きく空港内を電車が走ってる。
びっくりだ。
ここでマックで少し腹ごしらえして、こんどは小さな飛行機でアトランタ行く。
あ、イミグレを何とか通過してね。
アトランタ国際空港。こちらも大きい。やっぱり空港内を電車が走ってた。
トランジットが45分くらいしかないきつめのスケジュール。
発券に少し手間取る。持っていたチケットもどきがやっぱチケットじゃなくて。
デルタ航空の便になっていざリマへ。。